Memories of summer

(乾×海 編 side 海堂)




そうか・・・

乾先輩がロードワークを続けると言った時点で本当は大丈夫だと思っていた。

この人の個人データは試合だけじゃなく、生活面でも発揮するから何か声をかけなくても大丈夫な訳があるのだろうと・・・

だが・・・普段あんなに明るい菊丸先輩があんなに真剣な顔で・・・

思い詰めた顔で一人でいる所を見てしまうと、あの人でもあんなに思い詰める事があるのかと気になった。

公園に一人ポツンとブランコに座る姿は、いつもの菊丸先輩からは想像もつかないような姿だった。

大石先輩は菊丸先輩のあんな姿を知っているのだろうか?




目的の河原に着いて、俺は乾先輩に作って貰った練習メニューをやりながらも、また菊丸先輩の事を思い出していた。

心配する事はない・・・あの二人の事だ・・・

今頃は乾先輩のデータ通り菊丸先輩が謝って仲直りしているだろう。

それなのに・・・菊丸先輩の姿を思い出しては、練習に集中できない。



「海堂。そろそろ次のメニューに移ろうと思うのだが・・・何か考え事か?」

「えっ?いや・・・別に・・・」



俺の事を気にかけてくてる乾先輩に、少し動揺しながら答えた。

きっと乾先輩は俺が集中できていない事に気付いている。

気付いているだろうが・・・言えない。

バレバレでも・・・素直になれない。

もともと素直な方ではないが・・・

今はずっと心に引っ掛かった事があって更に素直になれない自分がいる。

もうここ何日間かずっとこんな調子だ。



「そうか・・じゃあ次はトルネードスネイクを更に進化させる為の練習をしようか」

「はい」



しかも原因になった出来事は・・・今思えば他愛の無い事で・・・

それなのにウジウジ・・ウジウジ・・・こんなに引っ張って俺は・・・

いや・・・違う・・・ホントは俺はあの事を原因にただ逃げただけだ。

乾先輩はどう思っているか知らないが・・・

俺はただ怖くて、何か逃げる理由が欲しかった・・・

俺は・・・嫉妬を理由に逃げたんだ。

















「海堂。これから何か予定はあるか?」

「予定っスか・・?いえ・・特には」



全国大会が終わって3年の先輩達は引退したが、乾先輩だけはまだ全国で切原に受けた傷も癒えないのに何かと俺の練習を見に来てくれていた。

それはとても有り難い事で、都合も良かった。

あの試合で受けた傷・・・デビル化した切原のターゲットは俺ではなく乾先輩で・・・

無数に受けた打撲の数々、その傷は今もまだ少し残る。

その傷の治りを自分の目で確かめる事が出来るのは上手く言葉にして確かめる事ができない俺には本当に都合が良かった。


しかし・・・今思い出してもムカつく野郎だぜ・・・



「じゃあ俺の家に来ないか?」

「ハァ・・・いいっスよ」



俺を狙わずに乾先輩を狙うなんて卑怯なマネしやがって・・・



「今日は誰も居ないんだ」

「ハァ・・・そうっスか・・・」



次に当る時はきっちり借りを返してやる!!



「そうか・・・良かった。実は断られるんじゃないかと思っていたんだが・・・」

「はっ?」



断られる・・・?



「おもいきって言ってみるもんだな・・・」

「ハァ・・・」



何を?


すっかり切原の事を思い出してイライラしていた俺は、乾先輩の話をちゃんと聞かずに返事をしていた。


俺・・・何か不味い事を承諾したのではないだろうか・・・?


一抹の不安を抱きながら乾先輩を見上げると、頬を少し赤くして何処か照れているようだ。


何照れてんだ・・・この人?



「じゃあ行こうか海堂」



乾先輩が俺の肩を抱く、そしてそっと耳元で囁いた。



「優しくするからな」

「・・・・・・・」



いやいやいやいや・・・・・・何を?








上機嫌の乾先輩を横目に俺は結局何も聞けず、とうとう乾先輩の家にまで来てしまった。


歩いている方角で乾先輩の家に向かっている事は途中で気が付いたが・・・

今日は家で何かあるのだろうか?

新しい練習メニューが出来たとか・・・いや・・それだと家に行く必要はないか・・・

まさかっ!新しい汁の実験台にするつもりじゃねぇだろうな・・・

それなら有り得る・・・こんなに上機嫌なのも説明がつく・・・



「さぁどうぞ」

「お・・・お邪魔します・・・」



俺は覚悟を決めて、玄関をくぐった。


NEW汁の実験体・・・腹をくくるか・・・



「こっちだ海堂」



乾先輩に案内されるまま乾先輩の部屋に入る。



「へぇ・・・」



初めて入った乾先輩の部屋はまさに先輩そのものを感じさせた。

たくさんの資料にパソコン、壁にはその時思いついたデータがそのまま書かれている。



「散らかっているだろ?」

「あっいえ・・・まぁ・・・気になりませんから・・・」



確かに散らかっているのだろうが、積まれた資料や書きかけのデータは先輩らしい・・・

返って片付いている方がらしくない、だからそう答えたんだが乾先輩はクスっと笑った。



「気を使わなくていいよ。本来のお前は綺麗好きだろ?気になって当たり前だ」

「そんな!他の奴の部屋ならともかく・・・乾先輩の部屋なら気にならないっス!」



気になって当たり前、そう断言されたのが悔しくて言い返したものの言った後で後悔した。



「あっいや・・・その・・・」



何言ってんだ・・・俺・・・乾先輩の部屋ならって、何アピールしてんだよ!

そう思うと、急に恥ずかしくなって顔を上げれなくなった。



「海堂・・・そうか。ありがとう」



乾先輩の声が頭上から聞こえる。

その声から乾先輩が喜んでいるのが伝わったが、それがまた恥ずかしさに拍車をかけた。



「・・・・いえ・・・」



だから返事をするのがやっとで・・・変な沈黙が流れる。


どうすんだよ・・・・この雰囲気・・・

赤くなっているだろう顔を上げる事も出来ず、内心動揺しまくっている俺に乾先輩が咳払いした。



「んっ・・んっ・・・ところで海堂。今から何だが・・・何か飲むか?

 それとも先にシャワーを浴びるか?どっちにする?」

「はっ?」



何か飲むか・・・?シャワーを浴びる・・・?

余りにも極端な選択に俺は顔が赤いのも忘れて、乾先輩を見上げた。



「どっちがいいかな?」



どっちがって・・・?

乾先輩は今までに無いぐらい戸惑った顔をしていて俺を焦らす。

何処から出てくんだよ、その選択肢!?

っていうか・・・なんて顔してんだよ!?

チッ!兎に角・・・・シャワーなんて人んちで浴びるもんじゃねぇ・・・・

俺は深く考える事も出来ずに答えてしまった。



「シャワーは家に帰って浴びますんで・・・じゃあ飲み物で・・・」

「そうか・・・そうだな。俺はお前がシャワーを浴びなくても気にしないし・・・

先に何か飲んで気持ちを落ち着かせる方がいいよな・・・・」

「えっ?」



気持ちを落ち着かせる・・・?



「それにシャワーなんて浴びて帰れば家の人に変に思われるかも知れないしな・・・

 いや・・・でも帰れなくなる可能性も考慮にいれれば・・・」



乾先輩がブツブツ呟く・・・・

その間に俺の頭もフル回転で今までの流れを整理した。


シャワー・・・・家に帰れなくなる可能性・・・・?



「兎に角・・・親はいずれ帰って来るが・・まだまだ時間の余裕はある。

 二人っきりの時間を有効活用する為にも・・・お互いリラックスする為にも・・

先ずは何か淹れてこよう」



二人っきりの時間・・・・リラックス・・・・・?



あっ!?

そういえば・・・

乾先輩が全国大会が始まってすぐぐらいの時に俺の家に来た事があった。

俺の母親に捕まって強引に家に上がらされて、俺の部屋で過ごす羽目になって・・・

でも何だかんだで、いい雰囲気になった時に・・・



『海堂。今はキス以上の事はしないが・・・

全国大会が終わって落ち着いたら、俺の部屋に来ないか?

その・・・悪いようにはしないから・・・駄目かな?』

『・・・・・・・・・・・駄目じゃないっス・・・』



・・・・・・・・・・・・俺・・・・駄目じゃないっスって言った。



っておい!まさかあの話が今日なのか?

きっ・・今日・・・キキキキ・・キス以上の事をするっていうのか?

そっ・・そんな風に誘われて、ついてきたのか俺?



「じゃあ海堂。俺は少し部屋を離れるが、適当にその辺りの物を退かせて寛いでおいてくれ」



乾先輩が柔らかく微笑んで部屋を出て行った。



「ははははは・・・・はい・・・」



俺は動揺のあまり声が上擦る。


どどどどど・・・・・・どうすんだ俺!?

乾先輩が戻ってきたら・・・・そんな事になるんだよな?

いっいいのか?いいのか薫?落ち着いて考えろ!

落ち着いて・・・落ち着いて・・・・・俺は・・・・・乾先輩・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



そうだ・・・・考えるまでも無い。

付き合うと決めた時から覚悟を決めていたじゃないか・・・いつかはこんな日が来る。

誰もが通る道だってな。

あっ・・・いや・・・誰でもは通らないか・・・極一部の・・・いや菊丸先輩だけ・・・?


俺はおもいっきり頭を振った。


まっまぁ兎に角・・・・俺も男だ。

ここまで来たら腹をくくるしかねぇ。

どうしたらいいかはわからないが・・・その辺りはあの人がわかってるんだろうし・・・

俺は俺の出来る事を・・・・・・・・・・・


とっ・・・取り敢えずやっぱシャワーは借りるか・・

この状況で、人んちのだとか言ってられねぇよな・・・・


恥ずかしくて爆発しそうな顔を誤魔化す為に俺は近くに落ちていたデータノートを拾った。


乾先輩と俺が・・・・・これから・・・

駄目だ考えすぎると心臓がもたねぇ・・・・


拾ったデータで顔を扇ぐ。


あっ!あぁ・・そうだ・・・扇いでる場合じゃねぇ・・・片付けなきゃな・・・


ノートを見て乾先輩に言われた事を思い出した俺は、下に落ちているデータノートを拾い始めた。


これはこの棚に直すのか?


部屋には大きな棚があって、No.を書いた見慣れたノートがぎっしり詰まっていた。


No.順に並べるんだよな?

いや・・・No.をふってないのもあるな・・・どうすんだ・・?


俺は棚を見回した。


何か法則があるのかも知れない。


それを見つけようと目を凝らす。

だが法則を見つけるより先に目に止まる物があった。




これは・・・


俺は拾い集めたノートを下に置いて、それを手に取った。

木のフレームに入った写真。

小学生の乾先輩と・・・・このおかっぱは・・・柳?

髪型は違うが、この糸目は間違いなくあいつだ。

がっちり手を繋いで、微笑んでいる。

何かの大会で入賞したのだろうか、首からメダルをかけていた。


確かこの時二人はダブルスのペア組んでいたんだったな・・・そして付き合っていた・・・

チッ!何がHAWAII・・・ALOHAだ。

こんな趣味の悪いフォトフレーム・・・いつまで飾ってんだよ!


思いついた悪態を心の中で呟いて、俺は元の場所に写真を戻した。

戻した写真を睨む。

充実した笑顔の二人の写真


別れてからもずっとこの写真は大切にここに飾られていたのか・・・

どんな思いで先輩はこの写真を飾っていたのだろう?

柳の事は以前にけりをつけたと思っていたが・・・実はそうじゃなかったのだろうか?

ホントは今でも・・・いや・・・そんな筈は・・・・

無い。と思いながらも不安はどんどん広がっていく。

信じていない訳じゃない・・・だが・・・俺は決勝戦での先輩と柳を思い出していた。


先輩にボールを当てた実行犯は切原だが、一緒にいた柳は特にその行動を止めたりはしなかった。

その姿は共犯者と言ってもいいぐらいだ、なのに乾先輩は柳に対して怒るような事は無かった。

本来なら怒っても良さそうなのに・・・・何故だ?

今まで先輩の受けた怪我の事ばかりが心配で考えもしなかったが・・・

それは柳に対して特別な感情があるからじゃないのか?

そうだ・・・俺がデビル化しかけた時、乾先輩が止めてくれたから俺は正気を失わずに済んだがあれも実は俺の為じゃなく

自分と同じ目に柳が合わない様に俺を止めたんじゃないのか?

チクショウ!!そう思うとあの試合の乾先輩の行動がすべて柳の為に思えてきた。


先輩・・・あんたホントに俺でいいのか?


気が付けば俺は自分の鞄を肩にかけていた。

今日は駄目だ・・・こんな気持ちじゃ・・・先輩と一緒になんていられない・・・

俺は先輩がまだ部屋に戻って来ない事をいい事に、そのまま何も告げずに部屋を出た。

俺の気配に気付いた先輩が玄関まで追いかけて来たが、俺は頭を下げて走って帰った。











あの日俺は、乾先輩と柳の写真を見て動揺して逃げた。

先輩が俺の事を大切に想ってくれている事がわかっていたのに・・・



『海堂・・・お前が標的にならなくて良かったよ』



病院でそう言ってもらっていたのに・・・


今も変わらず横にいてくれている先輩を、疑うことで逃げたんだ。




菊丸先輩・・・・

先輩の方がもっとずっと思い詰めた・・・深刻な顔をしていた。

きっと大石先輩との間で大きな問題が起こったに違いねぇ。

それなのに菊丸先輩は自分でそれを解決するんっスよね。



あんたと比べれば俺の悩みなんて・・・・きっとたいした事はない。


俺・・・あんたを見習いますよ。

自分の力で何とかあの日からずっと続くこの嫌な雰囲気を、ギクシャクとした仲を修復します。

自分で蒔いた種は自分で刈り取るっす。


・・・・・・・・・でもどうやってきっかけを作ればいいんだ?

こんな時はどうすれば?

菊丸先輩は謝るって言っていたが、どうやって謝るんだ?

いきなり頭を下げるのか・・・

こんな事なら、さっき話を聞いた時にもう少し詳しく乾先輩に話を聞いておくんだった。

・・・ってそれじゃあ自力にならねぇか・・・・・



「ハァ・・・・・」





視点を変えて薫ちゃんも・・・と思ったら、長くなってしまった☆


みんなついてきてくれてますか?

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